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起業後 Archive
近況報告
- 2009年7月13日 03:13
- 起業後
実は、この7月の中旬から東南アジアを経て、インドに滞在し、一年ほど途上国のソーシャルベンチャーで仕事をすることにしました。
僕の顧客である日本の技術ある企業と関わる中で、僕自身のグローバルな土地勘の無さにぶち当たったこと。また、この不景気の中で求人需要が消滅し、それを乗り越えるだけのビジネスモデルに至らなかったこと。それらを乗り越えるために、途上国で仕事をするという事を決めました。
一旦、会社としては新規の案件の受注を打ち切り、ビジネスモデル開発のレベルまで戻ることになります。とはいえ、多くの敬愛する経営者や日本の底力を体感した技術を持つ企業に対して貢献できるような事業を改めて再構築するという決心は変わりません。
グローバル化する地域経済の中で、改めて、日本の技術ある企業の成長と、彼等の技術を活かした国際的な地域産業の開発をどうすべきか、さらに、それを実現しうる自社のビジネスモデルから組織の在り方まで見直す機会にしたいと思っています。
期待に答えられなかったことも含め、地域の産業を開発する新たな揚力として変え、起業家として挑戦を続けたいと考えています。
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ブログを移転します
- 2009年7月13日 03:01
- 起業後
ある友人へのインタビューをきっかけに、僕は自身の表現の方法を見直したいと思うようになりました。
そこで、自分自身の表現の在り方として特に、Science, Translation, Collaboration を試みる際の語り方、また、あえて、聞き手を想定しない形での語りを表現のスタイルとして選んでみようと思っています。新しいブログでは「Bricolage」と題して、「僕を突き動かした何か」を丁寧に表現してみたいと思います。
また、自分自身をコンテンツとするのではなく、まさにいま活躍しようとする友人達を深く知って頂く手段としてインタビューをする試みを始めています。インタビューでは「身近に眠る才能」と題して、社会福祉士、ドキュメンタリスト、など様々な分野で当事者として活躍する友人達をご紹介したいと考えています。
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見知らぬ土地で美味しいものを食べる方法
- 2009年4月30日 20:57
- 起業後
播州赤穂で素敵なイタリアンビールとナポリピザに出会った。周辺で採れた素材をナポリ仕込みの料理人が調理する。前菜も旨い。ビールも旨い。ピザがたまらない。メインの鯛のオリーブ焼きも旨い。
それで、一人4000円位。東京だと店をかなり選ばないと、一万円だしても味わえない位のクオリティだった。
@イタリアンビール
@写真を撮る前に食べてしまって、唯一撮れたナポリピザ
@ついでに寄った、近くの温泉
調べるのは簡単。目的地付近を食べログで検索するだけ。大阪・岡山間で一番よさげだったところに行ってみただけだったのだ。しかも、夜行バスで大阪まで行って、播州赤穂に寄ったので、新幹線で東京・岡山間を移動するよりも、温泉+食事+交通費がかなり安くついた。
夜行バスはウィラートラベルのリラックスがオススメ。東京・大阪間が5000円くらい。このバスなら結構寝れる。飛行機のビジネスシートくらいのイメージでしょうか。(エコノミーしか乗ったことないけど。)
こういった移動の仕方が苦にならない旅人系の人間にはとてもよいかも。お金つかってないけど、贅沢しちゃった。
@なにかにうけてるうちの嫁さん(ついで)
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フィールドを越えた対話の在り方
- 2009年4月30日 16:44
- 起業後
社会に出てから、近しいフィールドにいる方々と話す機会が圧倒的に増えた。顧客や元同僚、近しいコミュニティに居る友人達。背景を共有しあい、同じような言葉を使っている。だから、互いにスムーズに理解できる。
一方で、違う道に進んだ友人や同級生と話をすると、共感しあえないことも多々あった。独立直後の僕は、大企業に進んだ友人の愚痴にはまったく共感できなかったし、ただのわがままのように聞こえてしまったこともある。
少し、余裕が出てから思ったのは、自分にその何かを受け入れる余裕がなかったのだということだ。けれども、割合と余裕ができた時ですら、通じ合えた感覚というところまでたどり着けることが少なかった。
そんな失敗を繰り返した後、親しいけれども、かなり異なるフィールドを選んだ友人をインタビューしてみることにした。昔のあいつはしっているけれども、今のそいつはほんとに知らねえんだな、という実感が残った。
@あんまりしらなかったんだなあと思ったドキュメンタリスト
僕が知っていたのは、キーワードで、コンテクストではなかった。どういう原体験があって、どういう価値観を持って、どんな世界に、どういう立ち位置で、どう取り組もうとしているのか。それが、今、どういうふうにまとまりつつあるのか、全然知らなかった。
本当に良かったのは、彼の事を垣間見ることができた、そんな気がしたからだ。フィールドの違いや、言語の違いというのは乗り越えられる。多少なりとも準備をし、それなりの場をあつらればいい。よくわからない再会という場に酔いしれて、まじめに関係を創るという行為をさぼっちゃいけないな。
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アメリカ人が創ったおでんを食べるのは始めてだ
- 2009年2月23日 15:45
- 起業後
顧客訪問の帰りにミナミで怪しげなバーに入ったら、カリフォルニア出身の店長が迎え入れてくれた(写真は髪の毛があるが、最近はスキンヘッドがはやりらしい)。集まるお客さんも不思議な人ばかりだし、へんてこなエンジニアから大企業の営業部長みたいな人、やくざまがいの話をするオッサン。まあ、やけに人なつっこい人が多かった。

http://namba.keizai.biz/headline/photo/265/
ところで、ここの名物がおでんとホットドッグなのだ。カリフォルニア出身だけあって、ホットドッグは抜群に美味かった。でも、外国人がおでんをつくったらどうなるのか、興味を引かれて、おそるおそる手を出してみた。すると、美味いのだ。店の人たちも驚いてた。鰹だしがちゃんと効いてるし、仕上げにゆずまで効かせてある。ビールにも、ウイスキーにも合うような味に変わってて、びっくり。
東京にあると、怪しすぎて入りにくいけれど、大阪だとなんか面白い店でゆるされるような店だった。ここの雰囲気がすっかり気に入ってしまって、ミナミにでることがあれば、また行ってみようと思う。ちなみにチャドさんは、日本語もペラペラだし、英語もアメリカ人とは思えないほど、ゆっくり、綺麗に発音してくれてかなりしゃべりやすい。ひさびさに英語をしゃべったけれど、近くにあったら英語の勉強にもなっていいのになあと思う。
こういうバーを東京でもさがしてみよう。
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今年は質を転換する年にする
- 2009年1月25日 23:38
- 起業後
トップマネジメントと人材の話をするには、グローバルな視点をや土地勘が必要だ。昨年、痛感したことだ。彼等の基盤となってきた技術やコアな人材は国内でも、今後投資する生産拠点や販路は海外ばかりだった。
課題は自身の海外経験の乏しさだ。新興国でどう販路を広げればいいのか?とか、中国のローカルスタッフをどう採用し、育成するのか?とかいった問題に対し、実体験に基づいた議論や提案には至っていない。
今年こそ、技術ある企業の未来をきちんと議論できるようにしたい。例えば、10年後の社員の国籍の割合をどうすべきか?とか、具体的にどういう国籍のどういう人材像を採用するか?とか、採用するツールとして何を使うか?とか、ビジョンから実行まできちんと、議論し、提案できるようにしたい。
英語を使う頻度も上げなければいけないし、実践で磨いていかないといけない。英語の家庭教師みたいな人も雇おうと思う。
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結婚パーティーを開催しました
- 2009年1月24日 19:38
- 起業後
1月23日に2回目の結婚記念日を迎えました。そんな中で、遅ればせながら昨年末に特に親しい方々と結婚パーティーを持たせて頂きました。
当日は50名弱の方々を招待させて頂き、トルコ料理&インド料理屋でささやかな会を持つことができました。
忙しい中、サプライズまで仕込んでくれたゆう&のえ、上手く進行してくれたけんちゃん&かせ、綺麗な写真をとってくれたくぼもと&あやかろ、受付をおねがいしたちあき&ばんちゃん&るい、ありがと?。そして、忙しい中、足を運んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。
また、招待させて頂いた皆様、距離や人数の関係でご招待できなかった皆様に写真を送らせてもらいますね!
(※写真をクリックすると、大きめの画像が見れます。)
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今年の振り返り
- 2008年12月29日 22:11
- 起業後
身体から景気まで変わった。というのが今年の振り返りだろうか。
- 身体が変わった。皮膚がきれいになって、合計15キロ痩せた。
- 自宅とオフィスも東京に移した。自宅は昔住んでいた早稲田に、オフィスは以前利用したことのある竹橋に戻した。
- 結果だけではなくて、自らの存在意義や立ち位置そのものの価値みたいなものを見いだそうとしている。
- 社内に資本を抱えないと、会社を大きくできないという考え方から脱却できた。
- 外部のパートナーとの連携のおかげで、新たな顧客企業のキーマンに会えるようになってきた。
- ドメスティックな動きだけでは足りない。事業のレベルも、僕の経験値もまだまだ足りない。 と痛切に感じた。
書き出してみると、基盤作りの年だったのかもしれない。
来年はグローバルに展開していくための軸を創れれば、と思う。自分のや会社が今後積み重なっていく軸、そしてのその骨格創れるように。
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チャーミングな経営者
- 2008年10月29日 12:07
- 起業後
「チャーミング」とか、「かわいい」という言葉が一番近いのかもしれない。元産業再生機構の富山さんのお話を伺ってから、頭に焼き付いているイメージだ。
彼は、とても愛らしい人に見えた。過激な発言や冷徹な判断力以上に、それが飛び抜けていた。演壇に上がる前も、招待された方に最大限の気遣いをされていたし、パネルディスカッションの時も、場を意識しながら、観客に最大限の貢献をしようとされていた。
なんだろう。彼は、人が好きなんだな、と思ったんだろうか。彼の著書には、人が好きじゃないと、再生はできない。多様なバックグラウンドを持つ人々への好奇心がないと、いけない。というような事を書いてあったが、それが一番近いのかもしれない。
第一印象から、珍しいほど好感を持てる方だった。彼が志すものが私欲に基づくものではなく、パブリックな物を目指しているから。とかいう論理的なものではなく、チャーミングだからとでも言うのであろうか。
ああ、ああいう方が経営者だといいな。と思った。彼の域まで到達し、それを超えれるようになりたいと思う。
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プロフェッショナル根性
- 2008年10月29日 11:48
- 起業後
彼は、明らかに社会で適合できない可能性の高いキャラだったと思う。それが、繊細な感性とタフさを併せ持つ、不思議なプロフェッショ ナルに変わっていた。
大学を変えてまで、哲学をちゃんと勉強し、その結果、ドキュメンタリーの製作の道に進んだ後輩だ。
会う度に、彼のクリエイティブな感性や表現力、執念みたいなものは、憧れるし、すごみを感じる。あんまりしゃべらないし、社交的とはほど遠いのだけれど、人の内面を深く理解しようとする執着心はすさまじいし、それが、ふとした配慮として、外面にも出てくる。
今度は、素面でインタビューでもさせてもらってから、飲みに行くのが良いような気がする。これまでの関係性の延長で話してしまうのは、楽しいのだが、悪い癖だと思う。
どうなると、あんな風になるんだろう。といつも考えさせられる人だ。
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コーチング×アンラーニング
- 2008年10月14日 12:40
- 起業後
「アンラーニング」(習慣の忘却や体験の克服)という言葉が流行っているが、そんなのできるわけない。っと思っていた。
自分の中では、今回のコーチングのテーマはアンラーニングだと思っている(実際のプロセスとして「書き換え」「更新」というイメージに近い)。アンラーニングは、そもそも難しいテーマだし、一人だけではできないだろう。しかも、生育歴に絡む価値観や信条はとても変えずらい。
それが、嘘のように問題行動の原因となる思考パターンや価値観がはっきりし、対話の中でそれを逆転させた時に取るべき信条がはっきりした。現在は新しい成功パターンを習得ための反復に取り組んでいる。
例えば、トラウマ的な体験やそこから生まれる思考パターンの克服、というのが一番近いだろうか。
前回は、ヘッドハンター経験者にコーチングをお願いし、多くの経営者像や人材ビジネスを踏まえたコーチングを受けることができたし、今回の児童福祉に関わるソーシャルワーカーだからこそ、人の価値観や考え方を特徴づける生育歴まで振り返ったコーチングを受けることができている。
このプログラム自体は実験段階のものらしいので、完成度が高まった段階で、コーチやプログラムそのものの紹介とかもしていきたいと思う。
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起業家としてのロードマップ
- 2008年10月 9日 20:56
- 起業後
日本の立ち位置がどこで、だから、何に挑戦すべきなのか?
ブログでも投稿したシンポジウムで、4氏にお話を伺うことできた。
内閣府顧問 黒川清氏の問題提起
OECD加盟国でGDPが伸びていないのは日本だけ
日本の労働人口の内、2000万人が年収200万以下
ものづくりが強い国は部品屋という意味なのか?
コンセプトに挑戦しないといけない
辞めさせるメカニズム=ガバナンス
ベンチャーキャピタリスト 村口氏
歴史は変革する。その中で、必ず、チャンスがある
Jカーブの実態には、波がある。数回の失敗を経て、ベンチャーの利益は立ち上がっていく。その時の信頼関係が重要。途中の波の中で、投資家が「騙されている」状態になることも多い
元産業再生機能の富山氏
自己革新がしんどくなったら(飲み屋の話題の半分以上が昔の自慢話になったら)、それはもう辞め時
優勝劣敗にと淘汰・再編の間にゾンビ企業が滞留している。市場の力だけで、スムーズに退出できない構造。これが、経営資源の最適化を阻んでいる
個人の財産やキャリアがどうなるか、というのは大したリスクではない。経営者をやるならば、古いルールの中で頑張る従業員を切らざるを得ない時がある。彼等の人生という責任にどう向き合うのか?懸命に生きる以外はない。
僕が特に参考になったのは、村口氏、富山氏だ。
村口氏は自分の志に愚直に、かつ、それも踏まえた上で、独創的に振る舞うタイプに見えた。(演劇出身らしい)。大物創業経営者を巻き込み、日本発のスタートアップファンドを実現するのはこういう人柄なのか。と思った。
富山氏は、こんなに、愛想の良い振る舞いをする方なのか、っとびっくりした。産業再生という現場で誠実さを貫き、かつ、日本という国を愛した結果としての人柄なのかと感じた。
それぞれ、自分の役割へのこだわりは感じられなかった(自分の力を最大限活かすことへのこだわりは感じられた)。一方で、様々な失敗の、その結果としていまがあるとも実感できた。
軽さ、と、重さ、並行して存在しているような方々だった。なるほど、こんなふうなキャラクターや振る舞い方を意識して進めばいいのかと、非常に参考になった。
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何を任せてもらって、何に集中してもらうか
- 2008年10月 9日 20:49
- 起業後
なんか、友人の持ち味を引き出し切れていないな。っと、帰りの電車の中でも考えていたのだ。
実は、彼女がとあるセミナーの講師をやることになって、その相談にのっている。彼女は講師をやるのも初めてだったので、それをチャンスだと思う一方で、チャレンジだな。とも感じていた。
僕は、企業研修やプログラム開発はよくやっていた仕事なので、アドバイスにはそんなに困らないだろうと思っていたのだ。全体の味付けとか、彼女が講師をやる上でのポイントとか、参加者の期待値のレベルとか、色々話した。
でも、新しいことを始める時にはよくあることだと思うのだが、割り切って自分の得意分野に集中することは中々難しい。
そんな時に、全体の構成は俺に任せてもらって、得意分野に集中したら?っという言葉が口から出てきた。
コンサルティングも結局、役割分担だよな。と思う。何を任せてもらって、何に集中してもらうかが、明確だと、だいたい上手くいく。
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初心に戻る
- 2008年10月 1日 18:54
- 起業後
最終まで行っていた案件がまとまらなかった。自分が当事者だと、悔しくてたまらない。
コンサルタント時代なら、きっと僕はこう言うだろう。このステージならよくあることだ。これを契機にして、品質をあげればいい。事業がブレークスルーするまでは時間がかかる。そこまでは、やるしかない。
その通りだ。そうすればいいのだ。でも、当事者側に立つと先に感情が動く。
何人かと話した後、落ち着きを取り戻しながら、原因をたしかめてみた。弊社のアレンジ不足だった。顧客企業内の意志決定者と担当者がばらけてしまい、当初の話と違う話が応募者に伝わってしまったいた。
まずは社長直属のポジションのみに絞るなど、顧客企業内での扱われ方を工夫していかないといけない。経営者から話しを頂いたこと、我々が応募者に説明したことと、顧客企業の担当者が説明するが食い違ってしまった痛い勉強だった。
世界に誇る技術のある会社だからこそ、それを活かして、グローバルに活躍する人材にふさわしい環境をアレンジしなければ、と改めて思う。
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後輩の結婚式
- 2008年9月 9日 19:05
- 起業後
ちょっと前に後輩の結婚パーティーがあった。彼等夫婦の人柄を表すように、大学時代の友人を中心に100人強が集り、とても賑やかな場になった。
実は、結婚式の前に、旦那の方から相談を受けていた。彼は当時、24歳だったのだが、これからどんな仕事をするかで悩んでいたのだ。
僕は、結婚する前に、リスクを取ればいいんじゃないか?っとアドバイスした。20代で負える責任と、30代で負える責任は違うからだ。年収に関わらず思い切った挑戦をするには、20代は最後のチャンスかもしれない。
僕も25歳の時に、コンサルティング業界から、NPO業界へ転じた。年収は半分になったが、かけがえのない経験をしたし、そこで出会ったものが、今の自分を形づくっている。
彼の答えは僕と違っていた。結婚式の前に聞いたら、「嫁さんが自分の軸だから」、まずは、今の嫁さんを大事にしたいとのことだった。彼女との生活を固めた上で、どこかで新しい挑戦をするらしい。
いやー、それもかっこいいよな。こんなこと言われる嫁さんも幸せもんだよ。いい夫婦になれよー。と思う。
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もがきくるしみながら、前に進む君へ
- 2008年9月 1日 00:24
- 起業後
転機にはタイミングがあると思う。
見晴らしの良い場所まで来てから、意志決定すること。転機でない時は、もがいて前に進むこと。転機の時は、思い切って新たな方向を決めること。
今の君はもがく時期かもしれない。明日の君は決める時期かもしれない。方向を決める時は本当に勇気が入る。決めたら、その方向に突き進まねばならない。丘に登るまではあきらてはいけない。
今の僕も闇の中を手探りで進み、一つずつ実績や経験を積み上げ、丘まで登る時期だと思う。
僕も頑張る。君も頑張れ。
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自宅から見える夜景
- 2008年8月18日 20:29
- 起業後
携帯からのブログ投稿を試してみました。

早稲田大学近くなのですが、格安のよい物件で部屋から新宿が見渡せます。写真上が新宿、写真下学習院女子大ですね。
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とある恩師
- 2008年6月14日 09:40
- 起業後
先日、母校で短い講演をしてきた。その場を一つのきっかけとして、巣立っている後輩達が何人かいた。ああ、すごいな。と思った。地に足をつけて、それぞれが志すものを見つけ、険しい道なのだろうが、生き抜く覚悟をしているように見えた。
もう、そこから、巣立った何人かの卒業生が生き方を語り合うことの方が良いかもしれない。
ところで、僕や彼等がそういう生き方を目指す気になった、というのは、そこに毎年関わって頂いた恩師のおかげかもしれない。恩師からは研究という生業を通じて、農業を中心とする諸問題を解決していくという静かな情熱を感じる。
恩師には、研究会という機会を与えてた頂いただけではなく、恩師の敬愛する先輩・同輩の研究者を紹介して頂く機会を頂いた。恩師の先輩・同輩方も同じく、静かな情熱を抱える方々だった。
インドネシアの農村研究で村人から英雄と称された研究者。60カ国以上の言葉を使いこなし、いまなお、新しい言語に挑戦する研究者。
日々精進すれば、人間はここまでいけるのか、と思った。
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体を動かせない恐怖
- 2008年6月13日 19:24
- 起業後
先日、アレルギー性鼻炎の手術をしてきた。手術といっても、30分程度で終わる簡単なものなのだが、その間は体を動かすことができなかった。
その感覚が、とても、懐かしいな。と思ったのだ。僕の子どもの頃の日常が帰ってきたのだ。喘息で体が動かない。呼吸困難で目の前が暗くなる。子どもながらに、死ぬということはこんな体験をすることなのだろうか?と感じていた。
僕が自分の変革にこだわるのは、そういった恐怖を防ぐため、だったのだろうと思う。当時の僕ができることは、ちゃんと薬を飲む、とか、腹式呼吸をする、とか、そういうことでしかなかったが。
ただ、そういった日々の習慣が病を防ぐということも身にしみて覚えたことだ。薬を飲むか、飲まないかで、明日の人生が大きく変わっていた。
働くということもそれと変わらないと思う。思い切って聞くかどうか、とか、素直に謝るとか、感謝を表現する、とかで、明日の人生が変わるもんだと思う。
小さい頃は、恵まれていないな。と感じることばかりだったが、そういうった逆境もなんとか糧になるもんだなあと思う。
肝心の鼻の方は、生まれて初めて、良くなりそうだ。鼻呼吸、初体験。花粉症のひどい人とかも効果があるようです。保険診療でたった3000円でした。
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起業家の新人として
- 2008年6月 3日 17:40
- 起業後
事業の立ち上げ経験があろうと、コンサルティングの経験があろうと、そんなことは、起業経験にも、経営経験にも、入らないのである。
どう転ぼうと、今の僕が起業家の新人さんであることは変わらない。会社は利益を生み出してなんぼだし、顧客に貢献してなんぼである。
今日は「タダコピ」(無料でコピーできる代わりに、裏面に広告が出てくるサービス)をやってるOceanizeの方々にお会いしてきた。
弊社の顧客向けにサービス提供できる可能性もあるかもしれない。という話で、少し進んでいる。
学生起業家なので、年は下だが、起業家歴では先輩だ。色々話していると、やっぱり、ちゃんとした事業規模で、ちゃんとまわる仕組みやチームができている。僕らは、まだ、商品開発が終わった段階で、デリバリー件数も少ない。企業体として、まだまだ、差があるな、と思う。
新人さんらしく、もっと学ばないとなあ、と痛感している。そして、きちんと、顧客に貢献できるように。約束を果たせるように。社会を変えれるように。会社をやるって、なかなか悔しいもんだ。
でも、昨年、のたうちまわったあげく、ようやく突破口が見えてきている。6?7月は自分と弊社の大きな転機になりそうだ。
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愛媛のEYES横山史さんに会ってきた
- 2008年5月22日 21:43
- 起業後
ちょっと日が空いてしまったのだが、GWの前半に愛媛の横山さんに会ってきた。横山さんは愛媛で、意欲ある地場産業と若者をつなげて、販促系のプロジェクトを色々と仕掛けている方なのだ。
彼女のブログによると、、なんかおもしろそうなイベントを東京でやるらしい。何があるのかよくわからないが、蛇口からポンジュースが出てくるのだから、結構おもしろい仕掛けを作ってるのかもしれない。丁度、家から近いので、遊びに行ってみようと思う。

Uターンで見つけた愛媛:6/14四国大夏祭り@東京 - livedoor Blog(ブログ)?via kwout
もともと、史さんとは4?5年前からのつながりなのだが、当時東京の赤坂近辺でお互い働き、その後、僕は岐阜へ、彼女は愛媛へ、と散らばって行くという不思議な動きをしていた。東京ではちょくちょく顔を合わせていたのだが、ようやく愛媛に伺うことができた。
愛媛では、史さんに色んなおもしろい所に連れて行ってもらった。海もあるし、山もある。それが、すこしづづプロデュースされてきていて、とてもいい場所だな。っと心底感じた。史さん、ありがとうございました?!
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アレルギーと志
- 2008年5月 8日 18:41
- 起業後
ここ数ヶ月間、アレルギー体質の治療のため、ステロイド剤を使わないという治療をしていた。そのおかげで、GW後半はダウンしてしまい、身動きが取れずじまい。
しかし、強烈な薬というのは、副作用もものすごいものだ。副作用がピークになるリバウンド期間中、アトピーが一番ひどい時代に一時的に戻ってしまい、全身火傷のような外見と痛みとかゆみに襲われていた。
とりあえず、そのピークは過ぎたみたいだが、漢方薬や抗ヒスタミン剤、睡眠薬などをくみあわせて支援してくれたのが、高田馬場の「わくいクリニック」だ。無愛想な感じもする人なのだが、とてもいい人で、的確かつ丁寧に診断をしてくれる。
ところで、このブログを書いた理由は、この苦しみを心に刻んでおこう。と改めて思ったからだ。僕の原点の一つは、喘息やアレルギーで苦しんだことと、それと闘ってきた友人の死に直面したからだ。
幼少時代、横になることもできず、満足に動くこともできず、醜いみてくれを背負い、自らが社会的に無用な存在に思えていた。それが、長期間の不登校(これ自体は最終的に良い経験だったと思う)という結果だった。3年も社会を離れると、復帰するのも大変なものだった。
友人は、強度の喘息と先天的に酸素を不足しがちな体質を抱えながらも、肺活量を要求する吹奏楽に挑戦し、喘息と闘い抜いて、死んだ。
肉体的にも心理的にも、大きな足かせだったけれども、母のおかげで社会復帰はできたし、いまや会社を運営することまで挑戦できるようになった。
アレルギーと闘った友人に報いれるように闘い、働こうと思う。
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愛媛・ベンチャーアライアンス協会訪問
- 2008年5月 3日 17:16
- 起業後
ようやく、念願かなって、学生時代以来の愛媛訪問。愛媛でインキュベーションをやっている大谷さんにお会いすることができました。オーストラリアでMBAを取られて、愛媛にUターンして、インキュベーターの運営をされているベンチャーアライアンス協会でお仕事をされています。
友人を介して紹介されたのですが、僕とミッションも近いし、動き方も近いので、是非、お会いしたい!っと思い、半年前から機会をうかがっていました。

特定非営利活動法人ベンチャー・アライランス協会?via kwout
お会いすると、想像以上に素敵な方でした。熱くて、行動力があって、礼儀正しい、紳士な方でした(夜ははじけていて、ギャップも素敵でした)。
事業を拡げるにあたって、各地域のハブ組織と連携して事業をやっていかねば。っと思います。U・Iターン人材、企業にもNPOにも、活躍の期待が高まるばかりな気がしています。
しっかり、事業をせねば。
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KGCの柴田さんと再開
- 2008年4月30日 20:48
- 起業後
身近にいるプロデューサーの中で、最もぶっとんでいるのがKGCの柴田さん。数日前にお会いしたのですが、会うたびに新しい知の地平を垣間見せて頂いています。
彼らは京大の院生が中心となって研究者ネットワークを築き、「常識を覆す」ような発見や研究を支援しています。例えば「気功の原理を解明する」研究会とか、研究アイデアコンテストINドバイとか、やってるのです。
弊社が支援している研究開発型の中小企業と何かコラボレーションできないか?ということで柴田さんにご相談にあがりました。
研究者は未知なる現象を解明する。それに対して、企業は解明する、しないに関わらず、研究を製品化する。その過程で、希有な現象が時々埋もれているのだそうです。
企業はその希有な現象を提供し、研究者は知見を提供する。というコラボレーション、近々実現できればと思います。
最先端の研究と、最先端の技術が出会い、何が生まれるのか?
たまらないですね。
柴田さん、さいこーにおもしろくて、感動でした。
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脱ステロイドと体質改善
- 2008年4月16日 23:23
- 起業後
体調不良もあり、昨年以来抜本的な体質改善に取り組んでいる。その中で出会った最大のノウハウは、これだった。アマゾンで評価の高い本を二万円分買いあさり、読みあさった結果、この本に出会った。
僕を悩ませていたアレルギーの原因は、油の多い食生活らしい。揚げ物を焼き物に、焼き物を煮物に変えたら、驚くほど調子が良くなった。やはり、結婚するまでの乱れた食生活が体に負担を与えていたらしい。
この本のおかげで、ようやくステロイド剤を止めれるところまできたのだ。丁度、ステロイド剤のリバウンド中で皮膚の状態は良くないのだが、生来悩まされたアレルギーから脱出するのも、もう少しなきがしている。
普通の生活ができる、というのは、本当にかけがえのないことだと思う。
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東京オフィス開設
- 2008年4月 1日 11:27
- 起業後
東京・竹橋(大手町から一駅)の千代田プラットフォームスクエアに本日からオフィスを開設しました。
昨年は岐阜県に活動を限定して事業を行っていましたが、転職支援のエリア拡大とより多くの人材に出会うため、東京にもオフィスを設けることになりました。
本社機能はこちらに集中して強化していこうと思っています。高い天井にシーリングファンが設置されていたり、知り合いも多く入居していたり、なかなか快適です。
お近くに来られた際はご一報下さいませ。
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弊社の近況
- 2008年3月 3日 17:30
- 起業後
数々のハプニングと共に、商品開発フェーズは割とイメージ通り終盤にさしかかってきました。残念ながら、デリバリーできている件数は少ないのですが、今後、こういうやり方をすれば、顧客に必ず貢献できるはずだ。という戦略がはっきりしてきました。
今年はより多くの人材に出会うため、本社機能を東京(竹橋)に移し、東海道エリアの顧客へ拡大していければと思っています。
まずは、今おつきあいさせて頂いている顧客にしっかり、サービス提供せねば、と思っていますが、規模も拡大せねば、なかなか人材にも出会えないので、今年は大きく勝負できれば、と思っています。
弊社でも、人材募集中ですので、興味ある人はお声がけ下さいませ?。(会社HPやポータルは三月中にリニューアルしますので、またごらんくださいまし)
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脱コンサルタント
- 2008年3月 3日 17:21
- 起業後
ひさびさの更新になってしまいました。
昨年来、ちょこちょこ本業とシナジーのある形でコンサルティングの案件を頂いていました。(創業したばかりなのに、案件を頂けるなんて、ほんとありがたかったです。)
その中で、僕自身のコミットメントとプロジェクトの制約の中で、壁にぶつかりました。どうしても、僕がコンサルティングを行うという前提で仕事をすると、成果が充分にでそうにない。コンサルタントとしては悔しい限りでした。コンサルタントの意地で仕事をしてもいいが、それでは顧客が喜ばないだろう。
経営者としては、ここに会社のリソースをつぎ込んでも、顧客は喜ばないし、会社も上手く行かない。と。で、結局は、先輩の信頼できるコンサルタントをご紹介する形に変えました。
やはり、本業で、個人で、しっかりコンサルティングされている方はノウハウもきちんとたまっているし、顧客のニーズに合わせてアレンジできる範囲が広い。当初想定していたプロジェクトならば、自分も役に立てるはずだ。という思いはあれど、現状で、確実に、かつ、リーズナブルに、顧客に貢献できるのは僕ではなくて。
ああ、悔しいなあ。というコンサルタントととしての思いと、一方で、今後、こういう形で顧客の課題解決に貢献できそうだ、という経営者としての確信と。
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限界との出会いを通じて得たもの
- 2007年7月15日 11:50
- 起業後
近況にも書いたように、 幼少以来の限界に出会っていた。
自分の体や頭すら、上手く動かすことができないし、周りの人間に与える影響はその比ではなかった。嫁に頼り、親友に頼り、社員に頼り、 パートナーに頼り、医者に頼り、なんとか大きくは転ばずに済んだこの三ヶ月間と、激動の一年半。気が休まることはなく、 自分を大きく変えざるを得ない機会に恵まれた。
食生活から、経営の仕方、人間の捉え方まで大きく変わった。
食生活を変えると、アレルギーが劇的に改善した。
服薬中は血液中の脂肪量が尋常ではなく、血液に触れただけでかゆみを以上なほど、体内にアレルゲンが異常に存在していたようだった。 服薬を止め、高脂肪食を断ち、食物繊維を多く含む玄米とバナナを主食に変えたところ、アレルギーのピークが喘息だった幼少の頃のように、 肌が綺麗になり、かゆみが収まった。
睡眠量も劇的に減り、日々快適に集中して過ごせるようになった。
まるで、今までつけていたおもりを取って走っているかのようだ。
また、経営に関しても大きな勘違いに気付いた。
自分の力を注ぐことで、約束を果たすことではなかった。
時の利、人の利、天の利、を活かして闘うのが経営であるはずなのに、猪的な経営の仕方に終始してしまっていたことに気付いた。
自分の力を発揮できない中で、どう経営をするかということに向き合い、なんとか踏ん張っていたら、 自分で踏ん張ることにさした意味がないことが分かった。周りの力を活かすことが重要なのに、自分の力で問題解決していては、 どうしようもない。
僕が頑張るべきなのは、価値をキープすることと、自分しかできないことに集中すること、そして、 周りのメンバーをエンパワーするだけでいいんだ。と思った。
僕より、優秀な人としか仕事をしていないのだから、初めからそうすれば良かった。
周りの人々の関係の仕方も大きく変わった。
何が変わったのかはまだ上手く言葉にできないが、自分が何が優れていて、何が決定的に劣っているのか、理解できたように思う。
そして、それをコントロールするやり方を憶えた。どういう関係が望まれるべきか、適切な人ときちんと話し、具体化し、 ルールに変えればいい。それに尽きる。
僕はこれまでの職業柄、ストイックな役を演じることが多かったが、逆にそれを周りに押しつけることも多かった。 ストイックやその他のマインドセットというのは、おそらく、幼少かもしくは、ある時点で蓄積された習慣によるものであり、 コンサルタントを目指しているわけでもないのに、そんなものはすぐに獲得できるものではないし、すべきではない、と思った。
組織が固まっていない段階で、今ある自分を他人に押しつけてしまうのはいけない。
そこにいる人々が持つ自分より優れた面を殺してしまう。
とはいえ、組織として、どういう価値観を共有すべきで、どういう姿勢で顧客やキャンディデイトと向き合っていくかは、言語化したり、 固めていかねばいけないフェーズに入ってきた。クレド的なものも少し創ってみようと思う。
人生の限界を感じたが、限界に出会ったがゆえの成長も大きかった気がする。全快まではあと少しだが、いい形で、 進んでいけそうな気がする
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2007年7月の近況報告
- 2007年7月12日 21:11
- 起業後
ひさびさのブログです。
ここ数ヶ月、人生の大転機でした。めでたい方から行くと、実は、結婚しちゃいました。
年上の嫁様なのですが、二人とも旅人っぽい生活で、気が合い、出会ってから数ヶ月でプロポーズ、 半年強で入籍という強行スケジュールで(笑、結納を遂げ、親族だけでの結婚式は3月31日に終えることができました。
ちょっと事情(後で書きますね。)があって、皆様にお披露目できなかったのですが、来年の春か夏には、 お披露目の機会を持たせて頂きたいと思っています。
また、めでたい?事がもう一つ。ようやく、ですが、起業しました。
ルーツという会社で、Uターン人材の斡旋の仕事をさせて頂いています。ここ二年間ほどは岐阜のG-netという法人で産業支援& 人材育成の仕事をさせて頂いていたのですが、そこで、出会った企業の可能性に惚れてしまって、何かできないかと思い、この事業に至りました。
詳しくは、HPを見て頂けるとうれしいです。
最近は色んなお客さんにも出会うことが出き、本格的に事業をやっていくぞ?!っていうモードになってきています。本当に楽しいし、 充実しているし、仲間にも恵まれています。
あと一つ、大きなことが重なりました。実は、先日母が亡くなりました。
結婚式の一ヶ月後、子供の行く末を安心したかのように、息を引き取り、享年60歳で大往生しました。建築家としての半生や、 主婦としての半生を闘い、楽しみながら生きた母でした。
結婚式も無事に母が亡くなる前に見せることができ、家族全員で看取ることができ、悔いがないと言えば、嘘にしかなりませんが、 それなりのことは出来たように思っています。
これだけの幸不幸が重なり、久々に自分の限界にもぶちあたり、ようやく乗り越えれそうな今日この頃ですが、母の分や、 先に亡くなった友人の分まで、強く生きて行ければと思います。
ようやく、結婚とか起業とか、めでたい近況報告で友人や恩人にお会いする時間もできてきそうで、楽しみです。
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