- 2009年3月 5日 00:43
7?8年振りくらいに友人と再会したのだけれど、本当に面白かった!
なつかしい高校時代の友人だったのけれど、当時の感覚をひさびさに思い出すことができた。
僕が通っていた高校は文武両道?というか、武の方が重視の学校で、わけのわからない体育の授業のキツサで有名だった。それが嫌で進学をあきらめる人も多かった位。マラソンがテーマの時は、ひたらすら一時間走らせられる(10Kmくらいは走った)、水泳の時も同じだ(1kmは最低泳いだ)。
そのせいなのか、自由な校風なせいか、アメリカンスクールみたいだ、とか言われたり、社会人になってから出会った関西の先駆的なNPO法人の代表が(本当に偶然に)高校の先輩だったりした
(ネットからとってきた阪南高校の写真。ル・コルビジェの弟子の設計らしい!)
それはともかく、高校や中学の友人と出会う時に得るものは、意外性だと思う。想定外の事をやってる友人も多く、へんてこな刺激を受ける。大学や社会人になってから出会う人たちが進む道は予想から隔たることは少ないように思うのだけれど、彼等はなんか、そんなにちがうのだ。
今日のことは言うな!!!と強く口止めされたので、書けないのだけれど、中学の友人なんか、まともに働き出したのは最近のことだ。3年前くらいに飲んだときは、フリーター、ギャンブラー、アーティスト、雇われている人。が同じくらいの比率で、昨年末に雇われているが少し増えててびっくりした。
なんか、それが、面白いし、すごいのだ。ああ、、そんなことやれるのね、できるのね、やりたいと思うのね、という驚きがあるし、それをやるだけでもものすごいバイタリティだ。(まったくもって、まとも?に働くことが良いとおもうわけではない、けれども、まともに働くことが悪いとおもうわけでもない)
結局、思ったのは、ああ、自分の世界が狭くなってやばいな、ということだ。同世代の起業家と現状を比べたりすることがあたりまえになりつつあることが、やばい、と思った。自分の感性とか、世界が、、とても狭い領域に固定されつつあることに気づいた。別にそんなの、どーでもいいよな、と実感した一日だった。世界が変わるような、面白いことができればいーのだから。
ちなみに、僕の同級生のアドバイスは、NSCでも入ればーやった。
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