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誰が判断するのか、が問題になるのは何故か?

  • Posted by: tetsuo.kato
  • 2006年3月 5日 14:51
  • 経営

大学時代は、窓口の担当者を抜いて、直接責任者を口説いたりしていて、迷惑をかけていました。

 

それは、ともかく。スピードを重視して、担当者を抜きに意志決定することがあるのはやもおえない時があります。

その場合、担当者が不快な思いをするケースと、しないケースの二パターンあるな、と気づきました。単純にフォローがあるか、というのも重要なのですが、その分かれ目は、判断基準がクリアで、共有されているかの問題です。

判断基準がクリアであれば、誰が意志決定しようが、組織にとって、+になるか、?になるかは変わらないです。(所属者が合理的な判断能力があるとして)。

ただ、この問題が生じるのは、判断基準が曖昧で、しかも、その共有に時間を欠けていない組織が多いから。大学はその典型ですね。判断基準は、責任者の判断と前例ですので。変化を前提にしていない判断基準なので、変化を判断できないわけです。

 

ここらへんが、ミッションとか、行動規範がクリアで、共有されているか?という問題が問題になる大きな理由ですよね。

担当者を抜いて意志決定をするかはどもかく、意志決定に関わるコストが大きく違ってくるはずですし、逆に言えば、担当者は、責任者の判断基準を明確にし、共有するだけで、もっと主体的に意志決定ができる。

 

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