- 2005年2月 3日 12:45
- キャリア
キャリア教育のことを考えているときに、ふと、こんなことに気づきました。
僕が受けてきた教育、日本人が受けてきた典型的な教育。何ができるようになったかを評価する教育システムですよね。
教育工学においては、教育システムが目指す価値提供を明確に表すものはテストであるというように認識されています。
我々は、教育課程の中で様々なテストを受けてきており、偏差値、受験、論文。すべて、ある計測可能な形態において、どれだけできるか、何をしっているか、のテストなわけです。そして、その計測可能な何かを評価されて、我々は順位付けされるわけで。
我々の人生の価値評価をもしするとすれば、その重要要素として、「何ができるか」ももちろん重要なわけですが、「何がやりたいか」を考えることが非常に重要だと思います。
その中で、何ができるか、ということだけで順位付けされる発想には疑問を覚えます。
一方で国家の経済産業を担う人材の育成を考えると、そういう面も重視されざるを得なかったのでしょうが。
小学校、中学校、高校、大学、大学院、どのような社会であれ、知識社会を迎えた社会は学歴社会の要素を持たざるを得ないような気はします。
しかし、それが一つの意味を構成することは至って仕方ないことのような気がしますが、何ができるかで序列化する教育システムの発想も不思議な気がします。
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